夜をすり抜けて
「樹」
「ん?」
「ブレーキ……踏まなかったの?」
樹の背中に顔をうずめたままそう訊くと、声がちょっと震えた。
「え?」
「あのとき、わたしが“やめて”って叫ばなかったら、樹はブレーキを踏まなかったの?」
そのまま崖からダイブしてたの?
本気で、死んじゃうつもりだったの?
「ああ…真琴の叫び声でハッと我に返ったから、そうなるのかな」
「……」
「…言ったろ? 魔が差したんだって。普段は絶対あんなことしないし、あれが最初で最後」
そう樹は答えた。