とある堕天使のモノガタリⅢ
~ARCADIA~
袖口で返り血をゴシゴシと拭う右京にクリスが『さすがだな』と無表情で声をかけた。
『正直、あてにしてなかった。』
『…ひでぇ言いぐさだな…』
『怖じ気付いて斬れないと思った。…謝るよ。』
自分でも不思議なくらい大して躊躇う事も無かった。
─人間じゃなかった…。
そうだ、人間じゃなかったから躊躇う事なく刃を向けることが出来た。
その行為は“殺す”と言うより“浄化”だった。
『…確かに情を挟んだら負けるな…』
そう言って細められた紅い右目を見てクリスはゴクリと息を飲んだ。
─…なんだ…?今の違和感…
いつもの右京と違う冷たい眼差しにクリスは眉を寄せる。
頭の中を“ベルセルク”という単語が過る。
昔、年老いた牧師から聞いた話を思い出す。
確か、軍神“オーディーン”の神通力を受けた戦士…。
圧倒的な力の前に誰もその暴走を止める事が出来なかったって話だ。
もし右京が本格的にベルセルクへと変貌したら、自分は彼を倒せるだろうか…?
考えただけでゾッとする。
恐らく“クドラク”なんかより遥かにこの男は危険だ。
『…どうした?』
『いや…なんでもない。周辺を見てから戻ろう。まだ何処かに潜伏してるかもしれない。』
クリスの言葉に右京は『そうだな』と歩き出した。