ヒロイン 完
静まり返った倉庫に虎さんの低い声だけが響く。



「帰るな」


「……」



そ、それは何故でしょう。


こんな雰囲気で声なんか発する勇気のない私は目で訴えてみた。



「愁が迎えに来るって言っただろーが」



皆に聞こえないように抑えた声で虎さんが言った。



「……」



それは、そーですが……。


チラリと周りに視線を向け、すぐさま逸らす。


こんな気まずい空間なんかに、いたくないんですけど。



「それに、お前何か悪いことしたかよ」


「……」


「してねぇだろーが」


「……」



頷くしかなかった。


蓮さんが私の頭に手を置いたから。


やばい、と思ったけど虎さんが味方にいるなら安心だと思った。ちょっと自惚れた。


やっぱり逆効果だったから。


あの子の瞳から、とうとう涙が零れ落ちた。



「千夏……」



聞こえたのは、たぶん私だけ。私は隣にいたから聞こえた。


虎さんが悲痛の声で愛しい、あの子の名前を呼んだことに……。


やっぱり駄目だ。私は、ここにいちゃいけない。



「帰る」



倉庫の出口に向かった私を今度は止めなかった。


あの子しか眼中にないんだ。


だけど私は再び捕まってしまった。
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