Love Story【番外編集】
深夜23時、都内某バー。
ほんの数時間前まで、世間一般で“彼氏”というカテゴリに入る男と、それなりに楽しく酒と会話を交わしていたというのに。
仕事先からの一本の電話で、その男は店と私の前から去っていった。
『理恵ちゃん。いまから、会いたい』
そんな簡潔明瞭なメールを寄越して来たのはあっちだというのに。
ビンテージワインくらい用意してもらわなくちゃ、気がすまない。
きっとあの男なら、私の好きなスペイン産チーズも一緒に買ってくるんだろう。
『そんなこと言っちゃって。本当は寂しいんでしょ?素直になりなさいよ』
脳内で親友の声が自動再生される。
シンプルにクリアコートだけが施された、あの綺麗な指に煙草をはさんで。
きっとこんなことを言うに違いない。
散々素直にならなかったのは、自分のほうだというのに。
3年越しの想いを実らせた今のあの娘には、そんな嫌味も通じないだろうけど。
「―――あ。」
不意に視界に入り込んだ、予想もしなかった人物の存在に思わず声を上げる。
私と四つほど離れた、同じくカウンター席に腰かけるその男。
先ほど脳内に(勝手に)登場した親友の彼氏、もとい婚約者…――“仲山 要”だ。
「あの、失礼ですが…仲山さん、ですよね?私、菜穂の同僚で、」
「…あぁ。前に一回会ったよね。…ごめん、名前なんだっけ?」
彼の記憶の中に私が残っていたことに、少し、いや、かなり驚く。
名前まではインプットされてなかったけど。
(そういえばいつかあの娘が『ほんとに仕事のことしか頭にないの。人の名前とか全然覚えないし』ってぼやいていたっけ)
「改めまして。菜穂の同僚かつ悪友の、米沢理恵です」
「あぁ、君が理恵ちゃん。『あたしが知る限り最高のビッチだ』ってあいつが言ってた」
菜穂のやつ。
これは、ビンテージワインを奢らせるのはあの男じゃなくて、悪友のほうみたいだ。