桜の花びら舞う頃に
「た~、寝ちゃったね」
並んで歩く妻が、悠希におぶられた拓海の顔を覗き込みながら言った。
妻の優しい香りが悠希の鼻をくすぐる。
梅雨の合間、近所の公園からの帰り道。
さっきまで背中で大はしゃぎしていた拓海は、小さな口を少し開け、いつの間にか安らかな寝息を立てている。
「ふふっ」と小さく笑う妻の由梨。
拓海の頭をなでる姿は、まるで聖母のようだ。
悠希は、そんなクサいセリフが浮かんだ自分に少し照れ、片手で鼻の頭をかいた。
「あ~、今、変なこと考えてたでしょ?」
「か、考えてないっ!」
心を読まれた悠希はあわてて否定した。
「ホントに~?」
疑うような素振りを見せると、由梨はまた「ふふっ」と短く笑った。
「本当だって! それより━━━」
勘の鋭い妻に動揺を悟られないよう、話題を変えようとする。
「今日は久しぶりに晴れて、たくさん遊んだから、た~も疲れたんだろう」
話題を拓海のことに戻す悠希。
「そうね、まだ3歳だもんね」
「でも、すごく喜んでたな」
「うん、今度はお弁当作って行こうね」
話題をそらすことができたことに、悠希は内心、安堵のため息をついた。