桜の花びら舞う頃に
「さくらちゃん!」


「は、はいっ!!」


「はっ!?」



あまりにも大きなその声に、悠希は驚き目を見開く。


そこは広い草原や底なしの沼ではなく、いつもの寝室、いつものベッドの上だった。




ただ、いつもと違っていたのは……




「さ……さくらちゃん?」





━━━そこには





驚きのあまり椅子からずり落ちそうになっている、さくらがいたのだった。





「さくらちゃん……何で?」


悠希は、さくらの手を引く。


「た~君が……パパが風邪で寝込んでるから、お見舞い来てって……」


さくらは、その手を頼りに体勢を立て直した。


「た~が?」


黙ってうなずく、さくら。

そして、視線を悠希の隣りに向ける。

そこには、スヤスヤと寝息を立てている拓海がいた。


「た~君、寝ちゃって……それで、寝室に連れて来たら……悠希くんがうなされてて……」



(あの夢を見てるときだな……)



底なし沼にハマった夢を思い出し、思わず悠希は身震いする。


「それで……苦しそうに手を伸ばしていたから……」


再び、悠希に視線を戻す。

さくらの頬が、少し染まった。


「……その手を握ってあげたの。そしたら、急に名前を叫ばれて……」

「そうだったんだ……って、手!?」


悠希は、そこで初めてさくらの手をずっと握り締めていたことに気が付いた。


「ご、ごめん……!」

「ううん……」


どちらからともなく手を放す2人。

顔を赤らめ、お互いに視線をそらす。


奇妙な沈黙が、辺りを支配した。





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