桜の花びら舞う頃に
「じゃあ、た~ちゃん。パパ帰ってきたから、おばあちゃんは帰るね」
「うん、金曜日行くからね~」
頭をなでる祖母に、ニコッと答える拓海。
「ん? 金曜日って?」
不思議そうな表情を浮かべる悠希に、すみれは笑いながら言う。
「今週の金曜日、学校が終わったら泊まりにおいでって言ったのよ」
「うん、僕、ヒマワリの散歩するんだー!」
ヒマワリというのは犬の名前だ。
由梨が亡くなってひと月後の雨の日、拓海がアパートのそばで捨てられていた子犬を拾ってきたのだ。
悠希はアパートでは飼えないと言ったのだが、あの時の拓海は必死に食い下がった。
普段は聞き分けのいい拓海が、あそこまで必死に粘るのは珍しかった。
結局、やはりアパートでは無理なので、由梨の実家で飼ってもらうことになったのだ。
ヒマワリという名前は拓海が付けた。
きっと、由梨が拓海に口癖のように言っていた
『向日葵のように、いつも人を照らす明るい笑顔でいてね』
という言葉が胸に残っていたからだろう。
ヒマワリと出逢ってからの拓海は、本当に向日葵のような笑顔をするようになった。
(拓海とヒマワリは、出逢うべくして出逢ったのかもしれない)
悠希はそう感じていた。
「どうかしら、悠ちゃん? 主人も喜ぶし」
「はい、ご迷惑でなければ……」
「僕、迷惑かけないよ~」
拓海は唇をとがらせる。
「た~ちゃんはお利口さんだもんね~」
「ね~」
すみれと口を合わせる拓海。
悠希は拓海の顔を見つめる。
拓海も見つめ返してくる。
「……わかった。いいよ、行っておいで」
悠希は大きくうなずいた。
「本当? わ~い!」
悠希の腕の中で万歳をし、精一杯喜びを表現する拓海。
そんな拓海に、思わず笑顔がこぼれる悠希とすみれだった。