桜の花びら舞う頃に
━━━その時!
由梨の片口に、走行中のトラックが見えた。
普段なら見落とすような何気ない光景だが……そのトラックは何かが違っていた。
「ドライバー……寝ている!?」
真っ直ぐこちらに向かってくるトラック。
由梨はまだ気付かない。
「由梨っ、危ないっ!!」
悠希は大声で叫んで走り出した。
しかし、拓海を背負っている分、いつもの様には走れない。
悠希の叫びで、ようやくトラックの存在に気付いた由梨。
だが、時はすでに遅かった。
ガードレールを突き破り、鋼鉄の凶器となって牙をむくトラック。
由梨へと懸命に伸ばした悠希の手の先で、無情にも由梨の体は宙を舞っていた……
「由梨━━━っ!!」
悠希は絶叫した。
拓海を背負ったまま、倒れている妻へと全力で走る。
トラックは由梨に牙をむいた後、そのまま民家の壁に衝突し、ようやくその動きを止めることができた。
「由梨っ!!」
倒れている由梨を抱き起こす悠希。
その手にヌルッとした、生暖かい感触。
「こんなに……血が……!!」
悠希は腕に抱いた妻の体温が急激に下がってきていることを感じていた。
溢れ出す血液を、悠希はその手で押さえる。
しかし、それでも由梨の体温は低下を止めない。
「由梨っ!! 由梨っ!!」
必死に妻の名を呼ぶ悠希。
今、まさに深い闇の中に落ちそうになる由梨の魂をつなぎ止めるかのように、悠希は声を枯らして由梨の名を叫んでいた。