硝子の破片
『おい、菜々子。見てみろよ』そう言って、あいつはにやりと笑った。


悪意がこもったあの顔を、未だに忘れられないでいる。


その時の屈辱は、それから何年も正樹の心に暗い影を落とし、菜々子に対する欲望への抑制になり続けた。


もっとも、菜々子にそんなつもりがないことを、正樹は十分に理解していた。


不幸な事故で他界した彼女の元恋人は、正樹の実の兄貴なのだ。


彼女とて、悲しい過去は早く忘れたいだろう。


正樹と付き合い続ければ、いつまでも苦しみが付き纏ってしまう。


菜々子の結婚はそういった意味を含め、ひとつの区切りなのだ。
< 23 / 25 >

この作品をシェア

pagetop