ONLOOKER
「で?」
「は……はい?」
間近で詰め寄るような睨みを受けて、さすがの夏生も目を逸らした。
美人は怒ると怖い、とはいうが、怒ってここまで怖い美人も、なかなかいないだろう。
何も知らない者が見ても目を合わせずに姿勢を正すような迫力がある。
しかし夏生も聖も、紅とは幼等部からの長い付き合いだ。
彼女――石蕗紅(つわぶきこう)の家が剣道家元であり、多種格闘道場の名門であり、彼女自身もそれらに精通した格闘家であるということを、よく知っているのだ。
「生徒会長が役員のフォロー放り出してこんなところで油打っているとはどういう了見かと聞いている」
「……あの場は紅先輩に任せて問題ないかなと」
「自分の出る幕でもないと、そういうわけか?」
「そんな。僕はほら、代表挨拶の原稿の再確認でも」
飄々と言う夏生だったが、紅は険しい視線を彼の手元に向けて、訝しげな声を出した。
「……原稿?」
紅につられて下を見た夏生は、自分の手が、何も持っていないことに気付いた。
さっき開いて眺めていたはずの原稿が、いつの間にか消えていたのだ。
「あれ」と声を出して、思わず紅まで一緒にきょろきょろと辺りを見回す。
だがその行為は、背後からの声で遮られることとなった。