ONLOOKER
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「なんっか……不思議な人だなー」
「やっぱり正体不明にょろねえ……」
「サングラス外したところ、直姫は見たことあんの?」
「ないですね、そういえば……」
「まじで?」
理事長室の扉が閉じられて、南校舎を出るまでは、誰もが口を閉ざしたままだった。
なにを話していいかも、よくわからなかったのだ。
あんなに謎に包まれた人物だった紀村悠子は、直接会って言葉を交わしてなお、謎に包まれていた。
聖が言った、「不思議な人」というのが、彼女を表現するのにもっとも適切だろう。
門の横の階段から外に出て、アーチ型の南校舎を潜り抜けて、ようやく日常が戻ってきたような気がした。
「直姫の父さん、理事長と知り合いって……なんの仕事してる人?」
誰もが少なからず気になっていたことを、聖が尋ねる。
子供がどうこうよりも、親や周りの大人が“入れる”、ということが普通なこの学校では、親の職業や社会的地位は、意外なほど重要視される。
一部の生徒などの間では、親のステータスが自分のステータス、という考え方があるくらいだ。
今回の盗撮の件でいうならば、吉村がそのいい例である。
だが、聖が聞いたのはそういう理由からではなく、単純な好奇心だろう。
「え? 父は……なんというか。元政治家、ですかね」
「そうなんにょろー、すごいねえ」
「すごくなんてないですよ」
そう言ってから、直姫は小首を傾げる准乃介を見た。
西林寺という名前から思い出そうとしているのだ、と気付いて、言う。
「父は婿養子なんで……そっちの活動は旧姓でやってました」
「あ、そうなんだ」
准乃介はへらりと笑みを返しながらも、やはり、首を捻った。
父親が政治家であることと、直姫が男のふりをしてここに通っていること。
その二つはなにか関係があるのだろうか、という当然の疑問を、口にしてもいいものかどうか迷ったのだ。
結局なんとなく尋ねるのは憚られ、彼女も理事長並みに不思議な人物であるのだと六人には感じられた、麗らかな春の午後だった。
(つづく)
20081014/20110430
20130428修正