ONLOOKER Ⅱ
*
たった今ものすごい勢いで大男たちが飛び出して行った扉が、きぃ、とかすかに耳障りな音を立てて軋む。
その音以外は、ぴりりと冷たい水面のような静けさだった。
「……はあ、よかったあ」
そこにぽとんと落とされた呟きは、倒れた聖に縋りついて、気が狂ったように泣きじゃくっていたはずの、恋宵の声。
「はは……恋宵ちゃん、名演技」
放心状態を装っていた直姫は安堵の溜め息を吐き、聖も固い床から起き上がって、額に垂らした血糊を手の甲で拭う。
勝手口から突然知らない人が入ってきたなんてことはもちろんないし、夏生と里吉の二人は拐われてもいないし、聖は殴られてなんかいない。
榑松は携帯電話を持つ手を降ろした。
一一九番にかけているふうを装って、裏返った声で話し続けていたが、その電話はどこにも繋がってはいなかった。
すべて彼らの自作自演、ボディーガードの六人を騙すための一芝居だったのだ。
この方法で、企みの通りにいく保障なんて、どこにもなかった。
部屋に戻った偽里吉の正体がすぐにバレていたかもしれない。
この台所での小芝居が見破られていたかもしれないし、例え騙せていたとして、彼らのうちの一人でも里吉を探しに行かずに残ってしまっていたら、計画は失敗だった。
一歩進むたびに、いちいち穴だらけな作戦。
それでもここまで成功したのは、ひとえに彼らの悪運の強さのおかげだろうか。
恋宵の意外な演技力も、一役買っているかもしれない。
演技のできない紅が部屋に留まるのは必然だったが、偽里吉役の恋宵に関しては、全く未知数だったのだ。
二人を捜しに行ったボディーガードたちが、冷静になって戻って来る頃にはもう、台所も離れももぬけの殻、やがて彼らは嵌められたことに気付くだろう。
あとは、見張りのいない今のうちにここを全員で抜け出して、デート中の二人を追うだけだ。
そもそもこの作戦の目的は、里吉を夏生と二人きりにさせること。
彼らは里吉の監視という名目で、興味本意で後を付けようというのだ。
──そう、計画は、成功したかに見えた。
たったひとつ、一番大きな“穴”を除けば。
その穴は、脆くも致命的で、儚くも決定的だった。
*