ONLOOKER Ⅱ
不意に、大音量のアナウンスが響く。
これから彼女が乗る予定の飛行機が、もうじき出発するようだ。
恋宵が、少し淋しそうな顔をする。
「あ……、サトちゃん、時間」
「里吉、また日本に来る機会があれば、いつでも家に泊まるといい」
「嬉しいですわ。榑松さんにもよろしく伝えてくださいな。それでは」
ちょうど夏生が数本の缶を手に戻って来た時、里吉は足を踏み出した。
直姫のほうに向かって来る。
そして、すれ違いざま、こう呟いたのだ。
「言っておくけど」
声の高さも口振りも、さして変わったわけではない。
声色が、纏う雰囲気が、直姫の知る“サトちゃん”のものではなかった、というだけだ。
直姫は顔を上げて、通りすぎる横顔を目で追った。
「……サトちゃん?」
「私、オカマでもホモでもないから」
「え、?」
その囁きは、直姫以外、誰の耳にも届かなかった。
ただ直姫だけが、それを聞いたのだ。
その意味を考える前に、里吉は直姫に後ろ姿を向けていた。
そうしてそのまま、振り返らないままで、人波に消えて行ったのだった。
いつの間にか隣に並んだ真琴が、浅く溜め息を吐く。
「なんか……、嵐が去ったみたいだね」
「うん……」
「直姫? どうしたの」
「うん? なんでもない」
直姫がいつにも増してぼんやりと、里吉が去った方向を見つめているので、真琴はちらりとその顔を覗き込んだ。
真琴がそばから離れたあとも、相変わらず立ち尽くす直姫だったが、不意にその後頭部に硬質な重みを感じて、視線だけで振り返る。
「……夏生先輩」
「なにアホみたいな顔してるの」
「してませんよ別に」
頭にコーヒーの缶を乗せられたまま、斜め上からの声に答える。
缶越しに乗った腕をふり払うように頭を振れば、重さはなくなった。
あげる、と言われて、その缶を受け取る。
夏生自らわざわざ自販機を探して全員の分を買って来るなんて、天地がひっくり返るほど珍しいことだ。
それほどあの場にいづらかったのだろうか。