それはたった一瞬の、


自らの隙を見せつけるようにゆっくりと遠ざかっていく後ろ姿を、どうしてか引き止められなかった。


代わりにドロドロと濁った感情が唇から零れ落ちる。

「…嘘つき」

柊は嘘つきだ。

からかうために近づいてきたかと思えばすぐに離れて、追いかけようとすれば逃げていく。


「嘘つきで結構さ」

掴み所の無い彼に、私はどうやって接すればいい?

思い切り近づけば、彼はきっと壊れてしまう。

でも思い切り離れたら、彼はきっと寂しがる。


「どうすればいいのよ…!」

吐き出すような叫びは、儚く闇に消えた。


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