それはたった一瞬の、
ドアの前で立ち止まって遠慮がちに話しかける声に、沙霧は促す。
「入ってこいよ、釧奈」
言い終わらないうちに、待ってましたとばかりに彼女が部屋に入って来る。
傍から見れば自分はロリコンの部類に入ってしまうのだろう。
そう考えると少し笑えて、少し泣けた。
どうしてだろう、釧奈は何も悪いことはしていないのに年相応に見てもらうことができない。
子どもっぽい振る舞いは、そんな環境の中で彼女が身につけた虚像だった。
「沙霧、笑ってるね」
「笑ってねぇよ」
「藍火、いなくなっちゃったね」
「…そうだな」
自分たちの傷を受け止め支えてくれた優しい人はもう、ここにはいない。
あとに残されたのはこの空だけだ。