依頼人


 顎下に、ピタリと冷たい感触があり、ツヨシはゆっくりと目を開けた。
 その何分も前に、既にツヨシの意識は目覚めていた。

 女が何をしようとしているかも、気付いていた。
 だが眠っているふりを続けた。

 女の目的は、ツヨシの目的と一致していたから。


「殺れよ」

 ツヨシが優しく囁いた。

「どうして……?
 あなたなら、
 私が殺める前に、
 私を殺してくれると思ったのに」

 女は両目から透明な滴をボロボロ零しながら、小刻みに震えている。

 何が悲しいのか、この女の過去に、一体何があったのか。
 そんなことはもう、ツヨシにとってはどうでも良いことだった。

 一思いに、この喉を掻っ切ってくれたら、それでいい。
 それ以上のことは、女に求めていない。

「生憎、俺は死にたいんだ。
 止めねぇから、さっさと殺れよ」

 言って、ツヨシは幸せそうに微笑んだ。


< 11 / 16 >

この作品をシェア

pagetop