依頼人
路地裏の壁にもたれかかるように重なる二つの人影。
すぐ横を引っ切り無しに、傘を差したOL、ビジネスマン、学生などが、通り過ぎる。
が、誰もこの人影に目を留める者はいない。
傘が視野を狭める。
皆、前に進むことだけで精一杯。
やがて、上から覆いかぶさっていた方の人影が、ゆっくりと離れた。
レンガ造りの壁に背中を貼り付けたままの男は、置いてきぼりをくらったような目で、たった今、距離をとった男、『ツヨシ』の顔を確認する。
「あ……あ……」
何故? と問いたいけれど、言葉を紡ぎだす余力は、もう残されてはいなかった。
死期はさほど遠くないのだと、男自身も悟る。