依頼人
ツヨシが男のコートの懐を探り、財布を抜き取ると、男の背中はズルズルと壁を滑って沈んでいった。
その様子を冷ややかに見下ろしながら、ツヨシは手にしたそれを、自分の上着のポケットへと入れる。
「悪い、わざと急所は外した。
もう数時間、我慢してくれ」
燃え滾るような腹部の痛みに耐えながら、朦朧とする意識の中、男の耳に届いた声は、何故だか悪意のないものに感じた。
それは、今正に、この世を去ろうとしている者への、祈りの言葉にも聞こえ……
『俺の人生、
悪いことばかりじゃなかった。
その事にもっと早く気付いていれば、
もう少し、巧く生きられたかなぁ』
男は最期、そんなことを思った。
それは、後悔でも諦めでもなく、単なる『振り返り』。
とても、
穏やかな気持ちだった。