依頼人
軽やかに一歩を踏み出し、ツヨシは路地裏から抜け出た。
そうして、何事もなかったかのように、通りを行き交う人の波に溶け込む。
ジュースの自動販売機の前で立ち止まり、ペッドボトル専用のゴミ箱に、さきほど男から抜き取った財布を、中身ごと放り込んだ。
財布の中のはした金など、興味はない。
すぐに大金が手に入る。
ツヨシにとっては、金自体に興味はないのだが。
ふと、何者かの視線を感じ、ツヨシはゆっくりと視線をそちらに移す。
降り注ぐ雨の下、傘も差さずに佇む女。
その眼差しは、貫かんばかりに、真っ直ぐツヨシに向けられている。
傘を差していない者の視界は広い。
それは、ツヨシも同じ。
無数の傘の中に浮かび上がる、男と女。
そんな、不思議な感覚。
見られたか? と思うも、何故だか危機感はなかった。