屋上にて
肝心なのは最初だけだ。
ほんの勇気を出すだけで、あとは何もしなくてもいい。
恐怖なのか緊張なのか、それとも期待なのかはわからないが
何か胸の鼓動が早くなる。

決心の時だ。
これですべてが終わる。

かかとを上げようとしたその時、
ふと近くに気配を感じて、右を向いた。

そこには、同じように手すりの外側の一段高くなった部分に男が立っていた。
向こうもこちらに気づいたようだ。

「あ、ああ。えーと……」
戸惑いながらも話しかけてきた。
すぐに、名前を聞きたいのだとわかった。

「経理の、安田です」

「安田さん、ですか。私……営業部の工藤です」

ともに、妙な場所に立ちながら名前を言い合う。
初めての会う者に名乗ってしまうのは
サラリーマンの性(さが)か。

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