寂しさを埋めて
和司は見掛けに寄らず、合気道を習っていたから腕っ節には敵わない。
しかも、藍希のことを大切に思っている兄だ。
和司の脅しは冗談では済まないから、恐ろしいのだ。

「分かってるっつの。
俺だって藍希が俺のせいで泣くのは見たくねーし。
藍希を傷つけてまで、欲望に突っ走るほどバカじゃねー」

自信ありげに微笑む淳。
和司は今度は心から微笑んだ。

「うん。だから俺は、淳に藍希を任すんだよ」

兄妹では、いつかは離れなければならない。
現在の法律では近親相姦は認められていないし、藍希が不幸になる方法はそもそも選択肢の中に含まれてさえいない。
だからこそ、和司は信頼のおける淳に藍希を任せるんだ。
そうすれば、藍希は遠のいて行くことはない。

「ったく、お前も大概に藍希バカだよな」

そう毒づいて、淳は苦笑した。
こういうのを、世間では Sister Complex と言うのだろう。

「なに、淳の気持ちは俺より弱いの?
それくらいなら、藍希は渡さないよ」

にやっと嗤(わら)うその笑みは、表現するなら"悪魔の笑み"。
和司は時折こんな表情(かお)をする。
けど、それは藍希の前では絶対に見せないから、藍希はただの和やかな兄しか知らない。

「バカ言え。俺の方が何倍も強く想ってるさ」

ぼかりと鉄拳が和司の後頭部を直撃する。
痛みに頭を抱える和司を尻目に、淳はフンっと鼻で笑い、白ぶどうのジュースを一気に飲み干した。
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