恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
「泣きたい時やちゃんと泣いた方がいいさ。我慢や体にちゃーねーらんから(良くないから)」


「え? 別にあたし」


なに言ってるんだばぁ、とおじさんは苦笑いして、あたしの顔を指さした。


「今にも泣きじーなちら(顔)してさ。こっちが切なくなってしまうさー」


「……え?」


「あんせーね(じゃあね)」


ガコ、ガタン、と今にも外れて壊れてしまいそうな音を立てて、ドアが閉まる。


バスはゆっくりと旋回して、遠ざかって行った。


泣きそうなチラ……してるのかな。


あたしはうつむき、手のひらで頬に触れた。


その時、ジャリッと砂が擦れる音がした。


ジャリ。


うつむいた視界の右端に、ボロのサンダルとしわしわのつま先が入ってくる。


え……。


ゆっくり、顔を上げる。


ボロのサンダル。


しわしわの、足。


モンペみたいな、七分丈のズボン。


曲がった、腰。


裾が伸びてひらひらと風に揺れる、花柄のシャツ。


しわしわの口元。


……真っ白な……髪の毛。


目が合う。


「陽妃ぃー」


おばあだった。


「けーたんなぁー(おかえり)、陽妃ぃー」


喉に、声が詰まった。


「……あ……っ……」


突然、唇がカクカク震えだして、鼻の奥がツーンとした。


「オバァが迎えんかい来ちゃよー」


帰ぇーろうね、とおばあが言った直後だった。


目の奥がぐるぐる回って、目頭が熱くなって、おばあの顔がふやふやと滲み出した。


地面にどさりと鞄が落ちる。


もう……ダメだ。


「……陽妃」


おばあがぎょっと目を見開く。


もう……抑えられなかった。


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