恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
言ったら……どうなるかな。


ほんの少しでも、何かが変わるかな。


でも、言えない。


前を向いた海斗を。


島を出て新たな一歩を踏み出そうとしている彼を。


あたしの一方通行の想いで邪魔をするようなことは、絶対に、許されない。


これ以上、海斗から大切なものを奪うわけにはいかない。


海斗が選んで決めた道に、これ以上の障害物をつくるなんてできない。


海斗の記憶を奪ったのは、あたしなんだから。


あたしは目をぐいっと擦って、涙をのみ込んだ。


ふうーっと息を吐き出す。


大丈夫だ。


泣かない。


泣かない。


込み上げてくる涙を、何度も何度も深呼吸して抑え込む。


泣かない。


その時、机の上で携帯が鳴った。


悠真からの着信だった。


深呼吸をして心を落ち着けてから出て、


「悠真? どうした……ええっ!」


反射的に声が大きくなってしまった。


『須藤ってさ……この集落に1件しかねーらんよなぁ?』


「ちょ、ちょっと待って」


思わぬ事態にあたしは紙を手に握り締めたまま、慌てて部屋を飛び出した。


どうやら、家の前に悠真が来ているらしい。


「陽妃! どこ行くの?」


ドタドタ騒がしく部屋を飛び出したあたしを、お母さんがリビングから呼んだけれど、


「外、友達来たから」


とかわして玄関に向かい、ドアを開けた。


「あ」


ドアを開けると、ちょうどインターホンを押そうとしている悠真と目が合って、


「ちゃびらーさい(こんばんは)、陽妃」


悠真は右手を上げて笑った。


家の前に自転車が停まっている。


「あちさん(暑い)あちさん。カニウマ(自転車)でぶっばして来ちゃん」


そう言って笑う悠真のピアスは夜の中でも鮮やかに輝きを放つ。


「どうしたの?」


外に出てドアを閉めながら聞くと、悠真は呆れたとでも言いたげに背中を丸めるジェスチャーをした。


「どうしたじゃねーらんしよ。うりー、これさぁ」


と悠真が差し出して来たのは、里菜が愛用しているピンク色のタオルハンカチだった。

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