割り切りの恋人たち
 ふたりとも大人になり、生きることの辛さを味わった。まさか生きていくことが、こんなにも大変だなんて学生の頃は思いもしていなかった。
 俺は弘美に事情を聴こうとはしなかった。
 弘美の左手の薬指には銀色の指輪がきっちりとはめられている。
 俺は未だに独身。
 そのことを、心ならず弘美は心配している様子だった。
「結婚しないの?」
 弘美は濡れた瞳で、俺の顔をやさしい微笑で見つめている。
「まぁな」と、俺は答えた。
 実は俺は社会に出てからというもの、人間関係に恵まれてこなかった。
 初めて勤めた会社はバブルがはじけて倒産。次に勤めたところは社内が殺伐としていて、ギスギスとした人間関係しかなく同僚にも恵まれてこなかった。
 そんな環境からか俺は転職を繰り返していた。だがどこも同じだった。
 とにかく意地の悪い奴らや、勘違いして威張り腐る連中ばかりだった。
 俺はそんな社会に嫌気がさしていた。
 当然、そんな環境で生きてくれば、良い出会いなんてあるわけがない。
 いつからか、俺は割り切りを始めていた。
 かれこれ、もう10年近くなる。
 そんな出会いを繰り返していた。
 そして、そんな出会いを繰り返しているいるうちに、弘美と再会した。
 弘美も何度も、こういうことを繰り返したいたらしい。
 ふたりは2時間の割り切りを、心から楽しんだ。そして愛し合った。
 割り切りの恋人たちの姿がここにある。
 だがその心はしっかりと繋がっている。
 ベッドの上に立ちながら両手をつなぐ。
「あたし今でも直行のことが大好きだよ。だって、あたしが1番最初に大好きになった人だから……」
 そういうと、弘美は号泣した。
「そうか、ありがとう」
 俺がそう答えると、弘美は「早く所帯もちなよ」と言った。
 俺は「ああ」と一言だけ答えた。
 弘美は子供はいないらしい、なぜなら未だにいい人を見つけているのだそうだ。もしもいい人が見つかれば、その人の子を産んでもいいとおもっているという。
 18年という月日が経ったが、俺も弘美もあの頃のままだった。
 そう、お互いを愛する、やさしき思いは……。
 愛のひと時を交わし終え、弘美はシャワーを浴びに浴室に向かう。
 俺はベッドの上であぐらをかき、テレビをみる。
 扉が閉まる音がした。
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