ある夏の物語
いーっ、と歯をむき出してやると、美鶴はこらえきれなかったようでぷっと吹き出した。



くっくっと口元を押さえて立ち上がり、あたしの机の横を通り過ぎ際、「可愛いよ。」と囁いていく。



あたしはかあっと赤くなった。



今、可愛いって言った?



…なんだか初めてな気がする。



あの日から一度もそういうことをしなかったくせに、今になってあたしをときめかせる。



ずるい、と思った。



美鶴は、ずるい。



いつもいつも、自分は優位な立場を崩さない。



焦らされているのは、あたしだけだ。



教科書を抱えて戻ってきた美鶴は、今度は何もしなかった。



…期待外れ。



あたしは悔しくなって、俯いた。













< 12 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop