ある夏の物語
「逃げられるんなら。」



そしてさっきよりも長い間、美鶴はあたしを解放してくれなかった。



とうとうへたりこんだあたしを見下ろし、美鶴は最高に意地悪な声で言った。



「あのさぁ、そういう生意気な発言は俺から逃げられる見込みがあるときに言うもんじゃない?」



うるさい。



言ったつもりが言葉にならなかった。



「で、俺が郁を逃がすとでも思った?」



…現に今、あたしの前から姿を消そうとしているあんたが言うことなの?



一気に現実が押し寄せてきて、あたしは俯いた。



「郁?」



不安そうに、美鶴はあたしの前に屈みこんだ。



「怒ったの?」


「今、あたしを逃がさないって言った?」


「言った。
…怒ったの?」


「今、あんた死のうとしてたんじゃなかった?」


「そうだね。」



よくもそんな飄々と…!



「自分からあたしを捨てようとしておいて、よくそんなこと言えたわね!」


「そうだね、勝手だね。」


「全然そんなこと思ってなんかないくせに…!」



死なないでよぉ、と自分の泣き声がどこまでも情けない。



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