ある夏の物語
あたしは思いっきり怪訝な声を出して、美鶴を見上げた。



…けど、その顔を今となっては覚えていない。



「あたしが美鶴を置いていく?」


「うん。
俺なんか、声かけられない。」


「何言ってるの。
美鶴があたしを遠ざけるんでしょう。」


「俺が、郁を?」



信じられないといった顔で、美鶴はあたしを見下ろした。



「なんでそんなこと言うの。」


「だって、美鶴はあたしにも素っ気ないんだもの。
比較的仲いいと思ってたのに、声かけてもあんまりしゃべらないもの。」


「それは、郁を待ってる人がいてあんまり引き留められなかったから。」


「そんなことないでしょ。」



はあっとあたしは大きなため息をついた。



あたしが一人のときに話しかけても、美鶴は「うん」か「そう」しか言わない。



あたしはこんなにも美鶴と一緒にいたいのに、美鶴はさり気なく突っぱねる。



「…今は話してる。」


「今、だけでしょ。
学校ではあたしはクラスメイト以下の女子に戻るのよ。」



黄色い声を上げて、美鶴に群がっている女子がうらやましくて仕方がない。



あたしよりも長い間、美鶴といるなんて、うらやましいったらない。



美鶴は困った顔であたしを引っ張った。



「そんなことない。」


「ある。」


「クラスメイト以下の女子って、俺が郁をそんな風に思ってるとでも?」



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