紳士的なLady*Another
「あ……」
一瞬の間の後、「ごめんね」と貼り付けた笑みを浮かべて戻ってくる。
そんな笑顔、私に見せなくていいのに。
黙って先に歩き出すと、剣夜さんは、ぴったりと隣にやって来ては笑いかけてくる。
……やめてよ。そういうの。
茹だるような暑さの中、蝉の声が鳴り響きだした。
苛々する。本当に。
口もきかず、視線を下げたまま歩いていると、ぽつっと剣夜さんが零した。
「千波ちゃん、まだこの前のこと怒ってる?」
……。
こういうこと、訊いてくるのって嫌。
怒らせたって分かっているくせに。
「怒ってませんよ」とでも言えば気が済むの?
「やっぱ怒ってるよね。……俺が軽すぎた。ごめん」
「謝らないでください。気にしてないから」
また嘘を吐いて。
私も、「聞き分けの良い女の子」と見てもらいたいだけかも。
蝉の声と共に、先日の出来事がフラッシュバックする。
蒸し暑くて、蝉が五月蝿い夕方。
長く伸びた2つの影。
ヒステリックな彼女の声。
「俺、千波ちゃんのこと、好きだよ」
こんな嘘みたいな言葉。
二重になって聴こえるなんて、私も相当熱さにやられている……
……ん?
ピタッと足を止め、一度大きく息を吐く。
考えすぎたんだ。
思考回路がショート寸前みたいだし。
ちょっと冷静になれば、声も二重に聴こえなくなる。
大丈夫。取り乱すほどのことじゃない。
「聴こえてた?千波ちゃん」
「え……?」