長い一日。
「もう新しい曲を作れないの?」

男の人は抱えた膝を強く抱いた。

肩がこきざみにゆれている。

どうやら震えているらしい。

「あの人のために僕は曲を作っていたんだ。でもあの人には僕の曲を届けることができないんだ。」

男の人は悲しみを押し殺し、流れる涙に負けないようにゆっくり、ゆっくりと言った。

そうか…

この男の人は『おじいさん』なんだ。

大切な誰かを失った時から動けなかったおじいさんの心なんだ。

「…最後に作った曲はその人に届けられたの?」

私は同情にも似た悲しい気持ちでそういった。

「まだ…。途中であの人はいってしまった。」

「なんて曲?」

私の言葉におじいさんの心は、何か大切なものを思い出したときのように優しく微笑んだ。

「『オオイヌノフグリ』あの人が好きな花の名前を付けたんだ」

「オオイヌノフグリ?」

聞き覚えのない花の名に私はおうむ返しのようにくりかえした。

「そう。でも、あの人はいつまでたっても名前を覚えられなくて『青い小さい花』と呼んでた…」

おじいさんの心は遠く懐かしい過去を語り、微笑んだ。


青い小さい花?

シイナもそんな呼び方してたな…

偶然かな?
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