涙跡-Ruiseki-
冷たい廊下の片隅で、
声を押し殺して泣くアタシは、
とても惨めだったけど…
アタシは、この今の自分が
嫌いでは無かった。

感情を捨てたかのように
ただ何となく生きていたアタシが、
尚人に出会ったことで、
こんなに自分に素直になれたんだもん。


…それだけでも、すごい進歩だから


真美さんと尚人が、
出て行ってから20分くらい経った時、
尚人が帰って来た。

手を冷たくして、
頭に雪を少し乗せて。



「奈央……?」

申し訳無さそうに、
アタシの前にしゃがむ尚人は、
何となく、いつもより小さく見えた。

「ごめん…な。」

冷たい、氷のような手を
震わせながら
アタシの頬を優しく撫でる。

アタシの頬に両手を添えて、
クイッと顔を持ち上げると
優しくキスをしてくれた。


ニコッとアタシが
尚人に微笑みかけると、
頭をヨシヨシッて撫でてくれて
ギュッと力強く抱きしめてくれた。


「俺…さ、辞めるわ。
奈央泣かせるんだったら、やってたくねぇ。」

「え…?いいよ、そんなの。
我慢…するし。大丈夫だよ?
売りはさ、天職みたいなものだって
尚人言ってたじゃん…。」

本当は嬉しかった。
尚人が「辞める」って言ってくれて。

でも、本心で
尚人がそう言ってるとは
思えなかったんだ。


きっと、もっと、やってたいだろうし…

ほら。金稼ぎには
もってこいの仕事でしょ?

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