偽りの人魚姫
「誠也、無駄だよ。モリノ、喋れないんだって。」
 
彼女の隣の席のヤツが、いたたまれなくなった俺に気付いたのか、彼女をあごで指しながら言ってくる。
 
皆はやっぱ、彼女が喋れないと思ってるらしい。
 
「誰情報?」
 
「誰情報って。一学期一緒だったんだから、お前も知ってるだろ。」
 
確かに。
 
一学期の間、彼女が喋ってるのを聞いたことがない訳ですが。
 
彼女を見ると、俺が友達と話している内に、また自分の世界に戻っていた。
 
「モリノがどうかしたの?」
 
「いや、別に。」
 
返答に困って言葉を濁す。
 
そいつは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言及してこなかった。
 
「あ、そういや誠也お前、義人に呼ばれてたよ。」
 
「よっさんが?」
 
「多分、3組にいるよ。」
 
「さんきゅ。」

席を離れて、教室を出る。
 
去り際に窓際の彼女の席に目をやったが、彼女のいるその空間はやっぱり、賑やかな教室の中、切り取られてるかのようだった。
 
いつもどうり。
 
俺がさっきまで、彼女の前の席にいたのが嘘みたいだ。
 
彼女は普通。
 
それがほんの少し切なくなって、俺はよっさんの元へ急いだ。

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