偽りの人魚姫
彼女は笑わない。
 
ついでに仏頂面。
 
そりゃあ、気になるよ。
 
クラス単位で騒ぐ俺。
 
教室がどっと沸く。
 
でも、彼女のその窓際の席だけは、まるで異空間。
 
回りがどんなに爆笑でも、彼女は眉ひとつ動かさない。
 
どんだけ大きな音でiPod聞いてんだって。
 
そういう話じゃないか。
 
俺の声は三つ隣の教室まで響くらしいし。
 
この前、凄い声だねって知らないやつに言われた。
 
俺ってば超有名人。
 
まあ、同じクラスにもかかわらず、彼女には流石の俺の声も届かないみたいだけどね。
 
笑ってないから、きっと聞こえてないんだよ。
 
俺がつまんないから、とかじゃなく。
 
あ、あとひとつ彼女のうわさ。
 
前に彼女と同じクラスだったやつから聞いた。
 
彼女は、喋れないらしい。
 
と言うより、入学以来彼女の声を誰も聞いたことがないらしい。
 
先生達も暗黙の了解みたいな感じで。
 
授業中、端から順に当てていっても、彼女の順番がきたら、必ずと言っていいほどランダムになる。
 
クラスの人も黙認。
 
誰も疑問に思わない。
 
むしろ、彼女の後ろに席を構えるやつらは、当たらなくて済むと喜んでいるくらい。
 
クラス替えがあったすぐは、話しかける女子もいたけど、彼女の仏頂面に負けて、今ではもう、彼女に話しかける人はいない。
 
彼女は、教室にひとつ置いてある、置物みたいになってしまった。
 
そこにあるんだけど、あるだけ。
 
ホント、ただあるだけ。
 
辛くないのかなあ。
 
俺だったら、教室の扉開けて一秒。
 
もう、一人じゃいられない。
 
おはようって言って、おはようって返してもらう。
 
あ、彼女は喋れないんだっけ。
 
でも、見ちゃったんだよね、俺。
 
こっからが、俺の、彼女が気になる理由。
 
それは先週のことだ。


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