偽りの人魚姫
俺も、ベースの1弦をつまんで弾く。
 
ベース特有の、空気を震わす音が俺たちを包み込む。
 
それが、俺らの間の小さな歪を埋めてくれないかなと言う淡い考え。
 
徐々に使う弦を増やして、音を重ねていく。
 
適当に。
 
どのコードだとか、ラインだとか、全く関係なく、初めてベースを手に取った時のようにがむしゃらにかき鳴らす。
 
先のことなんて分かんないから。
 
せめて知ってる昔みたいに。
 
このもどかしい気持ちと、控えめな情熱が
 
よっさんに伝わればいいと思う。
 
よっさんは、そんな俺を見て、自分もギターを持つと、俺に合わせて弾き始める。
 
俺が適当だから、よっさんももちろん適当。
 
合わせてって言っても、そんな簡単にハーモニーが生まれるわけがなくて。
 
はたから見たら、ひっどい不協和音。
 
しかも、これでもかってくらい大音量だから、もはやただの迷惑。
 
窓の外から、運動部のうっせーぞって声が聞こえる。
 
その声に反応してよっさんを見ると、目が合って。
 
図ったように二人で曲調を変える。
 
俺が昔憧れた、例の洋楽。
 
今では楽譜なしで弾けるようになったベースラインを飛び跳ねながら弾く。
 
マイクを通さずに叫ぶように歌うと、窓の外からはひやかしの歓声がおこった。
 
普段は教室を部活で使用する際の規則に基づいた音量で、音漏れしても少量だから

今ははっきり聞こえる音楽に、運動部の人達も、日常から脱しているようでテンションがあがるのだろう。
 
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