偽りの人魚姫
「お前さ、進路希望、なんて書いた?」
 
「予定は未定。」
 
よっさんは、少し、びっくりした顔を見せたあと、そりゃいいやって言いながら笑った。
 
その笑いに、嘘偽りは見つけられなくて。
 
こうして笑ってられるなら、きっと大丈夫なんだろうと思った。
 
「ま、いいか。予定は未定だしな。今日はなんも決まんなかったけど、明日になりゃ決まるかもしんないしな。俺、もう塾行くわ。」
 
「マジで?片づけどうすんの?」
 
「任せた。」
 
「マジで?ってか、教室の鍵借りに行く時に絶対、説教くらうと思うんだけど。」
 
「任せた。んじゃ、さいなら。」
 
「え、マジなの?え、ホントに行っちゃうの?せめてキーボード!!」
 
叫んだけど、よっさんは全く聞く耳もたなくて。
 
颯爽と教室を出て行った。
 
ありえねぇ!とか
 
さっきの熱いセッションを忘れてしまったのか!とか思ったけど。
 
時計を見たら、もう五時前で。
 
おそらく、塾の一コマ目は五時からだから、よっさんは確実に遅刻だ。
 
真面目で優等生で、曲がったことが大嫌いなよっさん。
 
そんなよっさんが、塾の授業より、俺との談笑を選んでいてくれていたことに、なんだかくすぐったくなって
 
片づけくらいやってやるか、とか少し寛容になった。
 
高鳴った気分をそのままにするのは、なんだかもったいない気がして。

下校時刻にも関わらず、またベースを手に取る。
 
見回りの先生に見つかって、こってり絞られるまで、俺は自由に弾き続けた。
 
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