偽りの人魚姫
8.羨望のオレンジ色
普段歩くことのない時間帯に帰路につく。
 
学校の最寄から地元の駅まで、電車で一本。
 
一つ都会の駅を経由するから、普段はそこで座れるんだけど、今日は時間帯が違うせいか座れない。
 
サラリーマンに押し潰されながら地元に着くと、外に出た瞬間、冷たく澄んだ空気に包まれた。
 
俺の地元は丘の上みたいになっていて、少し周りよりも高度が高いから、夜になると、急に冷え込むんだ。
 
駅前で立ち止まる。
 
まだ帰りたくない。
 
帰るとこなんて自分家しかないから、結局はそこに帰らなければいけないんだけど。
 
分かってはいるけど、どうしても足が重くなる。
 
待ち受けている、親父の説教。
 
進路くらい、俺の一存で決めさせてくれよって思うけど

親の扶養を抜けていない俺には、それを主張する権利がない。
 
たった一度の人生なのに、なにもかもを自分で決められないのは、もどかしくてしょうがない。
 
親は、普通に大学に進学して欲しいらしいんだけど
 
普通にって何?
 
聞いても、怒鳴られるだけだし、自分で答えを出すには、難しい問題だ。
 
疑問の消えない説教ほど不毛なものはない。
 
あの時間は、きっついんだ。
 
理不尽に怒鳴り続ける親父。
 
板挟みになって困った表情の母ちゃん。
 
我関せずってすまし顔の兄貴。
 
打開策の見つからないこの状況。
 
昨日の惨状を、思い浮かべて、憂鬱になる。
 
せめて、兄貴が夕飯を食べ終えて部屋に引っ込む時間までは、帰りたくない。
 
もう12月に入った空気は、コートを着ていない俺には、堪えるものがあるけど、遠回りすることを決めた。
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