偽りの人魚姫
でも、気になるもんは気になるから、今日の昼休みに話しかけようって決めたんだ。
 
だから今、彼女を観察しながらタイミングをうかがってるってわけ。
 
彼女はもう一人昼ごはんを食べ終わって、読書タイム。
 
音楽聴きながら読んで、頭に入ってくるのかなって思うけど、いつもそうだから、ちゃんと読めてるのだろう。

ホントは、音楽聴いてない時に話しかけようと思ってたんだけど、彼女は授業中以外いつもイヤホンが耳に入ってるから、しょうがない。
 
ほんと、いっつも。
 
朝来てからも、授業の合間の十分休みも、たまにある自習時間も、ご飯食べてる時でさえも。
 
彼女の耳には、皆の知らない世界の音。
 
同じ教室にいるのに、聞こえてるものが違うなんて、なんだか切ない。
 
俺は彼女の前の席に腰を下ろす。
 
この席は女子の席で、いつも他クラスの友達の元へ昼ご飯を食べに行ってるみたいだから、始業ぎりぎりまで空席。
 
彼女は俺が来たことに気づかない。
 
近くで見てみると、寄せられた眉が山型になっていて、なんだか笑えた。
 
「モリノ。」
 
呼んでみたが、気づかない。
 
まぁ、予想の範囲内。
 
一学期に先生に頼まれてプリントを配る時にもこんな感じだった。
 
今度は軽く肩を叩いて呼んでみる。
 
女の子独特の肩の細さに、こいつちゃんと飯食ってんのかなと、コンビニで夕飯を買っていたのを思い出しながら、考えた。
 
「モリノ。」
 
二度目の呼びかけに、彼女は本から顔を上げ、左耳のイヤホンをはずした。
 
はずされたイヤホンから、音が漏れてくるかなと期待したけど、教室の喧騒のせいで全くもって聞こえない。
 
いつもは騒ぐ側にいる俺だけど、こんな時ばかりは、うるせーよって思ってしまう。
 
しょうがない、俺は末っ子でB型だからな。
 
自分勝手だって思っていても、感覚なんて自分でどうこう出来るものじゃないし。
 
うるさいって思うもんは思ってしまう。
 
でも、反省。
 
これから、昼休みはもう少しだけ静かに過ごすように、気をつけよう。
 
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