こんぺいとう【2】
「……お前さ、」
「ん?」
「今自分がどんな顔して喋ってんのか自覚してんの?まじで鏡見てみろよ」
学校帰りのファーストフード店。
暇な学生でごった返した熱気の籠る店内の、一番奥の2人掛けテーブルを陣取って30分が経った頃だった。
「キモイ」
ビシッと、それまでサラダをつついてたフォークで俺を指してうんざり息を吐いた親友。
俺から言わしてもらえば、成長期真っ只中な男子高生がこの腹の減る夕方5時にサラダしか食わない方がキモいんだけど……なんて口に出すとぶっ殺されるから言わないでおこう。
「なにが?」
「さっきから“佐和ちゃん佐和ちゃん”ってめっちゃウザイ、そしてキモイ。顔がキモイ、変質者か通報すんぞアホ」
「え、まじ?そんな言ってる?」
「無自覚しね」
「しんらつ」
あらあら、これだからうちの毒舌王子様は困っちゃうよね……ってゆーか真顔怖い、マジ怖いゴメンナサイ。
「あいつのなにがそんなに良いかね、」
「っは!?」
「……は?」
「佐和ちゃん可愛いじゃん!いや、逆にお前なんで分かんないの?幼馴染みでしょ?」
「いやいや、可愛いとかないわ。一生ないわ。あいつ見かけ倒しだし、もはや女じゃねぇし。うん、ただのおっさん」
「お前が無駄に女子力高ぇんだろ」
「俺は仕事に関わんの」
「高校生でモデルとか……」
「あ、てめぇ今バカにしたろ?」
身長183センチ、体重70キロ。
小顔で色白でそれでいてしっかり筋肉もついていて、キラキラした世界で働くために生まれてきたような抜群の容姿を持つ目の前の親友、姫井 健(タケル)。
それはそれはよくモテる。
誰にでも容赦ない辛口発言も乙女達の頭ではクールでカッコいいと変換されるらしい。
「してねーし」
対して俺、朝月 蒼太(ソウタ)は身長172センチ、体重65キロ。
野球漬けの毎日で4月にはもう大体ユニフォーム焼けしてるし、丸刈りだし、いつも汗臭いような気がして汗拭きシートと制汗剤が手放せない日々。
もちろん恋愛なんてしてる暇もなく、気づいたらすでに高3の夏になっていた。
「佐和ちゃんと幼馴染みとか、ずるい」
「……お前ねぇ、」
そんな俺に突然訪れた転機。
「佐和ちゃんに会いたいぃぃ」
「………………」
それは高校最後の公式戦。
ものすごく珍しく健が見に来てくれて、その隣にちょこんと立っていたのが佐和ちゃんだった。
俺より頭ひとつ小さくて、女の子らしい栗色のセミロングとぱっちりした綺麗な二重が印象的で。
ふわふわと笑うその顔に一瞬で心を持っていかれてしまった。
「蒼、そうっ!」
「っへ?」
「ひとりで飛んでくなっての」
「あ、飛んでた?」
「もうなんなのお前殴っていい?」
「ゴメンナサイ」
野球好きだったらしい佐和ちゃんとはその日の内に打ち解けて、アドレスの交換もスムーズにできたと思う。
何日かおきにメールのやり取りもするようになって、実は一昨日2人で野球観戦にも行ってきた。
会えば会うほど会いたくなる。
知れば知るほど好きになる。
こんな感情初めてで。
どうしていいかも分からない。
「さっさと告っちまえよ」
「でた。いいよな、フラれる心配がないイケメンさんは悩むこともなくてさ」
「……んな簡単だったら苦労してねっつーの」
「ん?なに?」
「いや、なんでもねーわ」
いきなり立ち上がった健が俺を見下ろして息を吐く。
「んじゃ、俺帰るわ」
「え、ちょっ、なんで?」
「うじうじしてっと他の誰かに獲られんぞ。んじゃなー」
ヒラヒラ手を振って俺の横を過ぎていく健。
「おい、なんだよ急にっ」
追うように振り返ると、どこの少女漫画だよって感じでその人がちょこんと立っていて。
一瞬、なにが起きたのかも理解できなかった。
「健に、呼ばれて」
「あ、え、あっと、」
「……折角だし、ちょっとお喋りしよっか」
ふわふわ、場を和ますように笑う彼女。
健はすでに店をでるところ。
「そう、だね」
自動ドアを潜る前のそいつと目が合って、先に言われた言葉が脳内に反響する。
『うじうじしてっと他の誰かに獲られんぞ』
いやいやいや、だってまだ会って4ヶ月ちょっとしか経ってないし。
無理だろ普通に、イケメン滅べ!
「蒼太くん?」
「へっ、あ、ごめん……えーっと、あれだ、あの、ほら、その、」
「ふふっ、落ち着いて喋ろう?」
「あ、うん、」
椅子に座り直して取り敢えず炭酸の抜けたコーラに手が伸びた。
「制服で会うのって新鮮だね」
「まじだ、初めてじゃん」
「ね。蒼太くん格好いいよ」
佐和ちゃんの笑顔にキュンと胸が鳴って、上手い返しが出てこない。
あー、くそっ、なんで俺ってこんなにヘタレなんだろう……なんでちゃんと喋れないんだろう。
ぐるぐる、ぐるぐる、言葉が回る。
自分のことながら情けない。
なんだかんだで応援してくれてるであろう健に心の中で何度も謝りながら、今日も結局いつもと変わらず当たり障りない会話と一緒にいれる時間を楽しむだけになりそうだ。
「あ、食べ終わったらバッティングセンターにでも行ってみる?」
「うん、行きたい!」
……もう少しだけ、この微妙な“友達”の関係を続けていくのも悪くない、かな。
あーぁ、明日健に会ったら絞められそうだ。
【君でいっぱい】