月物語2 ~始まりの詩にのせて~
「こちらを向かずに。」
男は、柴秦にしか聞こえぬ声で背中越しに話しかけてきた。
「お待ちしておりました。」
「誰だ?」
「私は楊太僕の従者です。」
「何?
何故こんなところにいる。
お前たちが捕まるとは思えんが。」
従者は体術の手練ればかりだ。
「待っていたのです。」
男はもう一度言った。
男の声は青年のものだ。
自分とあまり変わりない。
だが、何かただならぬものを感じる。
それは体術者として強者であるというのとは別の何かだ。
「誰の命だ。
…まさか?」
「楊太僕はご無事です。
国の重要人物として、それなりの待遇を受けておられます。」
楊太僕の生の知らせが、柴秦を興奮させる。
「ならばなぜお前はこんなところにいる。」
「静かに。
楊太僕は仰せになりました。
あなたがここに来たら手助けをしろ、と。
私の持ち場とやっと同じになり、こうしてお話しているのです。」
それは、自分が賊徒に反抗したら、とも取れるの言い方だ。