月物語2 ~始まりの詩にのせて~
連れ出すなら今しかない。
礼の手を握りかけたその時、赤宮でのことを思い出した。
『私たちは民のためにいる』
礼にとって、方狼による穢れが誇りとなる。
それは、礼の自己満足かもしれない。
旅の途中で、雨乞いの話をした。
自分のせいで、多くの民を苦しめ、殺したのだと礼は言った。
違うとも、そうであるとも、朱雀には分からなかった。
礼は、小さな自己満足と引き換えに、己を犠牲にしようとしている。
死した民たちを蘇らせるでもなく、礼はその欲にしがみつく。
礼の手が、震えていた。
塞の門が見える。
元は役場だった城だ。
「とまれ。」
門番の賊徒が、道を塞いで来た。
「入団したい。」
張湯が至って冷静に言った。
この男こそ、礼を傷つけたくないはずだ。
「ほら。」
伯升が乱暴に礼を突き出した。
「こりゃ、上玉じゃねーか。」
門番が礼に手を伸ばす。
「触れるな。」
誰よりも早く、礼の声が断ち割った。
手は、もう震えてはいない。
「汚らわしい手でわらわに触れるでない。
早く、棟梁のもとへ案内するのだ。」
「なに?
この女、言わせておけば。」
礼に掴みかかろうとする門番を、別の賊が止めに入った。