月物語2 ~始まりの詩にのせて~
方狼の部屋には、孫四娘の姿はなかった。
方狼は椅子に肘を立て、こめかみを軽く叩いている。
「お前、一人か?」
「はい。」
姫のことを言っているのだろう、と栄楽は思った。
「なぜ、連れてこなかった。」
「お会いになる前に、お約束して欲しいことがございます。」
「なんだ?」
方狼が怪訝な顔をする。
「決して手を出してはなりません。」
「何故か?」
「身元がまだわからないのです。
高貴な身であるのは確か。
もし手をお出しになれば、大軍が押し寄せてくるやもしれません。
豪族と敵対するには、まだ兵や兵糧が不足しています。」
「兵?兵糧?
お前はまるで、軍を扱っているような物言いだな。」
方狼が高らかに笑う。
「州軍が静観している今、我々は力を貯めておくべきです。」
方狼は少しの間、考えていた。
「わかった。
見るだけ、ならばよいだろ?」