モノクローム
いつか

いつか、それを耳にする時が来る事は分かっていた。
こうして胸が痛む事も…
でも、不思議とその痛みは心地よかった。


その痛みを言葉にするなら。



ただ、愛しい…





「もう、桜も終わりですね…」


「そうですね…」



一瞬の沈黙に気まずくなったのか、早瀬さんは話題を変えた。

そして気を遣うように時計を見ながら、「そろそろ署に戻らなくては」と言って腰を上げる。



「…お会い出来て良かったです」


私がそう言うと安心したような顔して「僕もです」と言って笑った。



「お気をつけて…」


「えぇ。あ、肌寒くなって来たので風邪…気をつけて下さい。では…」



背中を向ける早瀬さんに「お元気で」と声を掛けると、早瀬さんは律儀に振り返って軽く頭を下げ、足早に帰って行く。

大きな背中を太陽が照らし、足元には短い影が伸びていた。


ふと気付けば、空はオレンジ色に染まろうとしていた。




「すいません…ここ、いいですか?」



そんな声に視線をやると、若い母親が大きな荷物を抱え、まだ生まれたばかりの子供を抱いて立っていた。

私が「どうぞ」と言って席を軽く払うと、母親は大きな息を吐きながら腰を下ろす。
母親の胸の中で子供はぐっすりと眠っている様子だった。
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