モノクローム
そう言えば、亜矢も去年の夏に子供を生んで「大変だけど、寝顔みてたら忘れちゃうよ」なんて言ってたっけ…

そんな事を考えながら暫く子供を見てると、母親が急に立ち上がった。




「遅い!何分待たせんの?風邪ひいちゃうでしょ!」


そう言いながら走って来た相手も荷物も無視し、母親はさっさと歩いて行く。

すると、息を切らした男が「ごめんって…」と情けない声を上げ、置き去りの荷物を手に追いかけて行った。


私は唖然としつつ見守る気持ちで眺めてると、少し遠くなった所で二人は手を繋いで帰って行った。



二人の仲良さげな姿を見送った後、夕焼けに染まった空を見て想う。



今頃、彼が好きな人と結ばれてるといいな…



こんな風に思えるようになったのは、いつか彼が話してくれた名前が傍にあるから。




「春…」




その名前を口にしたのは久しぶりだった。

私にとって、1番大切な名前。


この季節みたいに白くて、頼りなくて、はかなくて…

だけど、その声はとても優しい。

今でも鮮明に耳に残る声は、今はもう変わってしまったかもしれない。
そう思うと少し淋しくなって、思わず目を伏せる。




「そこ、空いてる?」
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