鬼りんご
台所へ立つ前にトイレへ行き鏡を見て吹き出した。

予想通り頬はパンパンに腫れ上がり変色し、何とも不細工な顔になっている。

これでは左目も開かないはずだ。

リビングへ戻ると、制服を脱ぎ、体の汗をタオルで拭く修司がいた。思わず目をそらす。

「すごく見苦しい顔になってる、私」エプロンを付けながら笑ってみる。


「本当によく殴られるね、桃美は。どうしてかな」

「さあ、自分でも分からない」

「しかも、絶対に俺がいない所で殴られてるよね」

「……そうだね」


――ウソだ。

いつもどこからか見ているくせに。

「あ!」何かを思い出したかのような表情を向けてきた。どうしたの、と一応聞いてみる。


「夕飯あるんだった、俺の分作らなくていいよ」

「え、買って来たの?」

「違う違う。昼の弁当、まだ食べてないんだ」

「は?」


「実はあの時、食欲がなくてね」困ったように笑う修司は、どことなく計画的な何かをまとっているように思えた。

食欲がなかっただなんてウソに決まっている。もし本当にそうならあの時、食べさせて、など言うはずがない。

「そうなんだ」と短く返事をし、ヤカンにお湯を沸かした。私一人ならカップラーメンでかまわない。

朝作ったお弁当を夜に食べるなんて、食材が傷んでいないか多少心配にもなったが、本人がいいというのだから何も言わなかった。

昼に貸した箸をわざわざ使う様も、気付かないふりをした。
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