穢れなき獣の涙
 実はキケトもアレサと同じ不安を空に感じていた。

 それは少しずつ大気に紛れ、ゆうるりと足元から這い上がってくる。

 混沌とした暗い感情に、誰もが気付かぬうちに心を支配されてゆき、抗えぬ強大な力が世界を蹂躙しようと迫り来ている。

 それに気付いたとて、何が成せようか。

 そんな感情がいつも心に過ぎっていた。

 よもや、アレサがそのただ中にいようとは。

 ──そうして、話し終わったアレサの心を探るように、キケトはその瞳を見つめた。

 長く、短い沈黙が部屋を満たす。

「そなたの心は、すでに彼らと共にある」

 ゆっくりとだが綴られた力強い言葉に、思わず目を眇める。

 心の奥底を見透かされていたかと拳を握りしめた。

「彼らに、ついて行きたいのだろう?」

 アレサはそれに応えず目を伏せる。
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