穢れなき獣の涙
 そうして人魚たちは、海に飛び込んできた人間の容貌を各々が確認する。

「おー。やっぱり大人気だ」

 瞬く間に囲まれ、次々に口づけを求められているシレアを見下ろす。

「まったく……。そんな理由で我々を乗せていたとは」

 アレサは呆れて溜息を吐き出した。

「シレアも不運が続くのう」

 ドレスの次は人魚との口づけか。

 彼らに金銭など意味もなく、当然のごとく興味もない。

 彼女たちが望むものは、人間にとってはあまり価値のないものだろう。

 とはいえ、美しい種族と口づけが出来るのだと考えれば、それはそれで価値のあるものかもしれない。

「羨ましいことだ」

「まあ、初めはそうかもしれねぇな」

 ぼそりと船客がつぶやいた言葉にネドリーは苦笑いを浮かべる。

 アレサはそれに眉を寄せた。

「初めは?」

「俺だって男だ。喜び勇んで海に飛び込んだね」

 冷たい唇は人間の女性と同じく柔らかく、間近に見る美女の顔に表情も緩むというものだ。
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