穢れなき獣の涙
 腕の大きさだけで、船底に張り付いている胴体は船と同じかそれより大きいと予想がついた。

「船が壊されたらたまらんわい」

 ようやく我に返ったユラウスが魔法を唱え始める。

 これだけ巨大な相手には、上級魔法で対抗するしかない。

 シレアは向かってくる触手に刃を走らせた。

「ぬ──?」

 しかし、粘液に覆われた分厚く柔らかい皮膚は、剣の刃などものともしない。

「気持ち悪いのう」

 表面の色がめまぐるしく変わり、脈打っている。

 警戒色とでもいうのだろうか、これが普通のイカならの話だが。

「二本は変形しているな。雄(おす)か」

「そんなこと今はどうでもいいわい!」

 この状況をちゃんと把握しているかとシレアに問い質したくなる。

 それとも現実逃避をしているのか、逃げたい気持ちは解らなくもなかった。
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