穢れなき獣の涙
「──っ」

 心の奥深くに入り込まれる感触に顔をしかめる。

 しかしすぐ、それは離れていった。

 身震いし、自身の体を抱きしめる。

 ほんの短い間だったが、重く冷たい腕に心臓を掴まれたように動けなかった。

 心に入られたとき、抵抗しようと思えば出来たが、あえてそうしなかった。

 奥底に沈み込んでいる記憶を引き出してくれるかもしれないと淡い期待を抱いたからだ。

 しかれど、それすらもシレアの奥深くには入り込めなかったのか、逃げるようにかき消えた。

 これは相当に厄介なものなのだろうかと肩をすくめる。

 二人の寝顔を見やり、瞬く星々を仰ぐ──過去の記憶など、本当はどうでもいいのかもしれない。

 幾度となく、それをたぐり寄せる試みに結局は適わなかった己の心情には、さしたる落胆も絶望も、少しの哀しみすらも見あたらない。
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