穢れなき獣の涙
*現す敵
「ウェサシスカが動き始めたか」
玉座の男は薄暗い空間につぶやいた。
「折角の余興が一つ、潰れたな」
さして悔しげでもなく発すると、それに応えるように男の前にひざまずく影のひとつが頭を下げる。
「いかがいたしましょう」
女の声が尋ね、頭を上げた。
男は、グレイシャブルーの瞳を細くして目の前の女を見やると、形の良い人差し指を軽く立て、低い声を響かせる。
「空の魔物を差し向けてみようじゃないか」
まるで子どもの遊びにも似た物言いに女は小さく頷き、立ち上がってどこかに消えていった。
耳に残る足音に、男は喉の奥から笑みをこぼす。
一方のウェサシスカ──シレアはユラウスたちを外に呼び出し、マノサクスを紹介した。
「よもや、わしよりも早くに先詠みをしていた者がおったとは」
「あんたが古の民? すげえ、初めて見た」
自分の置かれている状況を把握していないのか、マノサクスは嬉しそうに一同を見回す。