穢れなき獣の涙
「わたしたちの集落の近くに人間が一人、暮らしています」

 その男は、十五年ほど前に集落の南にふらりと現れて小さな家を建てて住み始めた。

 生活必需品を得るために、魔導師の集落に訪れては薬と交換していく事が度々あるのだとか。

「薬?」

「彼は錬金術師だそうです。わたしも何度か、彼の家に遊びに行ったことがあります」

 その時に見たのです。机の上にばらまかれていた何枚もの紙の中に──

「シレア、という文字を」

 エルフの古い言葉で記されていたそれが、ミレアの脳裏に印象深く残っていた。

 大切な言葉ほど、昔のエルフ語で錬金術師は記すのだという。

「なんと!? それはいつ頃のことか」

「あまり覚えてはいないのですが、七年ほどむかしかと」

 あなたの名を聞いたとき、そのときのことが思い出されて、途端に彼とあなたは会わなければならないのだと感じました。
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