穢れなき獣の涙
「その錬金術師はまだそこに?」

「私がウェサシスカに昇ったのは、つい一年ほどのむかし。彼はまだいましたから」

 今もいるのではないでしょうか。

「行こうではないか」

 ユラウスが発して荷物を取りに宿に足を向けた。

 一同もそれに続こうとしたが、止まったまま動かないシレアに怪訝な表情を浮かべる。

「いかがした」

 シレアは問いかけたユラウスを一瞥し、視線を泳がせる。

「まさか今更、怖じ気づいた訳ではあるまい」

 ユラウスの言葉にピクリと指を動かす。

 複雑な心中は垣間見えるものの、依然として何を考えているかまでは窺い知れない。

 しばらく沈黙していたシレアは一度、目を閉じて歩みを進めた。

 皆はそれを確認して見合うと、その背中を追う。
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